ただつらつらと文字書くのが好きです。

推しがタトゥーを入れた時のオタクの話

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めちゃくちゃ万人にウケなさそうな独り言ですご了承ください。

防弾少年団のジョングクというアイドルが好きです。

 

オタクになった2017年の冬から、もうすぐ4年が経とうしている。防弾が活動している期間を考えたら、4年など大した期間ではないけど、飽きっぽく情熱が移ろいやすい自分にしては長い年月だと思う。

 

高校1年生だったのにいつの間にか大2の秋。高校生の時、大学生になったら、死ぬ気でバイトして、お金を貯めて、そのお金で遠征にいくものだと思っていた。大学生になったら、親に土下座して新幹線代をもらわなくていい。泊まりで京セラに行くし、観光込みでヤフオクに行くし、タワレコのレジで、アルバム100枚買う。渡韓する。一度はLA公演にも行きたい。てか、行ける。全て叶う。なぜならサイキョー大学生だから。


話を戻す。大学2年生、週5、6アルバイター。金がある、時間もある、自由もある。ないのは現場だけ。

 

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京セラは?ヤフオクは??????MAMAは?インガは?SBS歌謡祭は????握手会は???ツアーは、俺たちのオタ活は、てか、ジョングクが誕生日を迎えるはずだった東京ドーム公演はどこ行ったんだよ。オイ。返してくれよ。コロナ、テメーに言ってんだよ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!馬鹿が!!!!!!!!!!

 

コロナは沢山のことを変えた。現場がないのは当然、現場がないから色んなものがなくなった。

私は少なからずモチベに影響が出た。嫌いになったとか冷めたとかではなく、会えないから、推している実感が薄くなった。事務所がどんどん大きくなって、名前が変わって、系列に色んなアイドルが入っていったのにも追いつけなくなった。だから、今から書くことも、そのコロナで変わったことのひとつかもしれないと、思ってきた。というより、思いたかったのかな。そうかもしれないし、そうじゃないかも。

 

ジョングクが始めに腕にタトゥーを彫った時、私は受験勉強真っ只中にいた。勉強の合間にTwitterを見て、そのことを知った。シールとか、ヘナじゃないかとか言われていたけど、まあ普通に衝撃だった。消えるやつであれよ、というのが私の正直な感想だった。でも消えない。消えたと思ったら肌色のテープで隠されている。ガチモンやないか。え?マジかあ。タトゥーかあ。そっか。うーん、なるほど。そっか、入れたんだ。私はタトゥーを入れる人が嫌なわけではない。タトゥー自体の是非がどうというより、単純にジョングクのまっ白い腕に、模様がついたのが受け入れがたかった。オタクなら、推しの黒髪が好きだから、青髪をみて黒に戻してほしいとか、この時の衣装が解釈ドンピシャだから、また着てほしいとか、そういう気持ちを一度は持つだろう。そんな感覚なのだ。多分、タトゥーが好ましく思えない大体のオタクは。タトゥーの入ってる腕と、そうじゃない腕なら、入ってないほうが好き。だけど、髪の色や衣装と違って、タトゥーはずっとそのまま刻まれる。まあいつか黒髪に戻るだろうとか、かわいい衣装も着てくれるだろうとか、そういうことがない。ずっと、タトゥーがある。それがなんだか少し寂しい。ただそれだけのことである。

 

個人の好みに正解はない。タトゥーある腕、カッケー!と思う人も、真っ白な腕がよかったなあと思う人も、どっちがどうとかではない。

これをわかっているはずなのに、どうしても、後者のオタクは「推しを全肯定できない」息苦しさを抱えることになる。Twitterに乱立する、推しなのにここが嫌とかありえない、全部含めて愛せないんですか、という問いは暴力だと思う。あなたの愛の価値観じゃないですか。全部丸ごと愛せなかったら愛じゃないなんて、そんなことありますか。好きじゃないところが一つもないのではなくて、好きじゃないところがあっても、それを上回る好きがあれば、愛になるのではないですか。それを”丸ごと愛する”って表現するんじゃないですか?

 

私はジョングクのタトゥーは好きじゃない。でもそれはジョングクの人格を否定することにつながらない。ジョングクのことがマジでガチで超絶リアルに大好きだ。

 

つらつらと書いたが、ジョングクのタトゥー、そしていつの間にか増えたピアスの話が定期的に燃えるのは、それが単純な好みの問題を超えて、しばしば「チョンジョングクというアイドル像の変化」という文脈に絡めて語られるからだと思う。

TwitterYouTubeTikTok、だいたいのSNSでは「ジョングクは変わった」と書き込まれ、変わって辛い派と、今も昔も変わっていない派と、変わったからなんですか派に分かれて争っている。

ジョングクは変わったのか。だけど、人間である限り、誰しも変わっていくに決まっている。会えない月日の中で、コロナが何もかも変えてしまったのか。それとも、私が変わったんじゃないか?

 


私はジョングクの、少年と青年のはざまにいるような、独特の儚さが好きだった。とても眩しくて、力強くてどこからみても完璧なのに、たまに脆く繊細な表情を見せる、危ういところが好きだった。赤ちゃんみたいな中身や見た目でゴリゴリに踊るギャップが好きだった。だから、私にとって、儚さと対極みたいなタトゥーや眉ピは、そういう「推しのこういうところが好き」という要素を根本から揺るがすものなのだ。元々そういう系統のアイドルがタトゥーや眉ピ空けるのと話が違うし、ギャップ萌えとかでもない。そもそもギャップではなかった可能性が出てくるからだ。もう一度書く。赤ちゃんみたいな中身や見た目でゴリゴリに踊るギャップが好きだった。だが、”赤ちゃんみたいな中身や見た目”とはなんなのか。幻想ではなかったのか。ジョングクは初めからずっと、こういう自分になりたかったのではないか。それを、私が勝手に自分好みに切り取って、イマジナリージョングクを嬉々として推していたのではなかっただろうか。

 

否定できないこの仮説がキツかった。今までずっと、自分が見てきたジョングクは何だったのかさえ考えた。自分のオタクとしての在り方を振り返った。だんだん、オタクと名乗る資格がなくなっていく気がした。思い上がっていたな、と思った。ジョングクの全てを知った気になっていたし、ジョングクが見せてくれる自身の姿が、丸ごとジョングクの本質そのものだと信じて疑わなかったけど、彼だって1人の人間なのだ。何を考えているかなんてわかるはずがない。

アイドルだって人間とはよく言ったものだが、これほどそれを感じることもないかもしれない。

 

この1、2年、ずっとこのことを考えた。ジョングクのことは変わらず好きだし、この男を超えるアイドルが未だまったく見つかりそうにない。だけどいつもちょっと苦しかった。ほんのちょっと。

色んなことを思い出したり、ジョングク自身の言葉が書かれた記事やインタビューを見て、色んなことを考えたりした。それで固まってきたことを、少し吐き出して文章にまとめたいと思った。だからクソ長くてキモいのだが、本当に書きたいのはここから下に書くことになる。

 

ジョングクのタトゥーとピアスの話は、要するに一言でいえば「解釈不一致」なのだけれども、逆に考えたら数年間、あまりにもジョングクはオタクの解釈に応え続けてきた。いつも良いアイドル像を守り抜き、完璧に振る舞った。パフォーマンスで失望したことなど一度たりともない。アイドルをこれでもかというくらい全うした男である。誰よりも幼い年齢で事務所に入って、誰よりも思春期のすべてをアイドルに捧げたのがジョングクであることは、変わらない事実だ。

ファンがジョングクを応援する。応援に応えて、喜ばれるような自分を見せる。それでまた、喜んで応援する。このループの中で、”ジョングクがファンに見せるジョングク”と、”人間チョンジョングク”が、必ずしも重なり合っていたとは思えない。そもそもまあ本当の自分100%でアイドルしてるアイドルなんておらんやろという話で、ジョングクに至ってはかつて、「寄宿舎での自分の姿をお見せしたらファンが減ってしまう」という旨の発言をしているので、程度はどうあれ、ファンに喜んでもらう用の自分はあるに違いない。自分のアイデンティティが確定する貴重な思春期時代から、「誰かのための自分」を一貫して守るのは大変なことだろうと思う。それなのにジョングクはそれをやってきた。ファンを失望させない、裏切らない、完璧で最高のアイドルをずっとやってきたのである。

 

だからこそジョングクはいつもきっと自信がない。完璧ではない、足りていない、ファンが思っているような立派な人間ではないとしきりに言う。これは以前別のブログに書いたことの引用だ。

 


ジョングクがこんなに才能に溢れた男でありながらいつまでも時たま自信なさげなのは、自分の不完全さをほんの少しだけ、ファンや自分を完璧だと褒める人たちに知っておいてほしいからなのかもしれない。知らんけど。

 


オタクは本当のことなど一生知ることがないから、推測でしか喋れない。だからこれも推測だ。めちゃくちゃ間違ってるかもしれないし、だけど、ちょっとは合ってると信じて書く。ジョングクのタトゥーは、ジョングクが自分の意思で見せようとしているありのままの自分の象徴だ。元々なりたいと思っていた理想の自分を表現しているのか、なりたい理想像が新たに見つかって、それを体現している最中なのかはわからない。なんにせよ、ジョングクは、完璧でない自分で勝負し始めた。完璧を作ることを多分やめた。自分が100%誰かの期待通りの人間ではないことを前提として、その上で最善を尽くしてアイドルをすることを決めたように見えた。ジョングクは確かに変わったし、同時にずっとジョングクのままだ。

 

こんなに長くなるつもりはなかったのだが想定以上の分量が爆誕して震えている。そもそも載せるかどうかも審議案件の内容だけど、表現の自由ということで許してください。ずっとまとまらなかったことをまとめたかったんですマジで。そして、こういうオタクもおるんやほーん(鼻ホジ)て感じで暇潰しの読み物くらいにしてもらえれば、それで十分です。だけど、あわよくば、私みたいな、ジョングク大っっっっっっっっ好きで、だからこそ苦しんでるオタクがいたら言いたいです。何も間違ってないです。愛は一つじゃないし、オタクは元々精神が分裂していて、狂人で、我儘で、推しへの愛で辛うじて人の形を保ってるような、めちゃくちゃな生き物だからです。嫌なら離れろや!とかじゃないよなぁわかる。わかるよ。できないよな。でもなんだか苦しいよなあ。だけど、めちゃくちゃ好きなんだよな。だってジョングク、サイコーだもん。しょうがないよね。

 


ジョングクのことこれからもずっと、多分死ぬまで大好きです。どうか幸せで生きてください。またいつか、ライブに行けることを心から祈っています。